2001.05.03(木)小雨→晴・涼しい
東京は小雨。7時に起きて、小雨の中、傘をさして8時に出たが、途中でサングラスを入れ忘れたような気がしたので、店の軒下で見たら、やはり無い。先般買ったばかりの携帯電話で家に頼み、途中でサングラスを受け取って駅へ急ぐ。実際はそんなに急ぐことはなく20分余裕で新宿。並んでいたら、ほどなく同行のN君があらわれた。
南アルプスが新雪で真っ白。しったかパパが「八ヶ岳が真っ白だ」と言っているが、あれは南アルプスだ。途中から雨が上がって、小淵沢あたりで晴れてきて、諏訪あたりでは青空だったが、中央西線を南下するとまた曇った。
茅野あたりで積雪、これはやばいぞ。塩尻では駅前の土産物屋兼蕎麦屋で、土産物に囲まれた席で天ぷら蕎麦とビール。乗り換えて各停で行くと、標高の低い山に、なんと新雪がある。昨日の雨で降ったらしい。御嶽山は相当すべり難そうだ。以前も乗鞍で寒くてだめだったことがあるように、3000m峰では5月の連休ではちょっと山スキーには時期が早い。2両連結ワンマン303系は、後の車輌はドア扱いなしだが、木曾福島では押しボタンで開いた。
木曾福島からはすぐのバス。客は3〜4割の乗車。ペンションどんぐりに止まるかと聞いたら、その先の終点で降りろと言われた。階段がけっこうあるんだなあ、と思ったら、ペンションの前で運転手が「何人いますか」と聞いて(3人)、「乗る時は絶対に上からですよ」と念を押して、ここで降ろしてくれた。
宿では呼んでも人が出てこない。こっちは勝手を知っているが、何の案内もなく、部屋は201ですよと鍵をくれただけ。部屋に荷物をおいて、することも無いからゲレンデへ行こう。季節外れの新雪が積もったが、気温が低いため、この時期のゲレンデにしては滑りやすい。絶対に足を開かないように格好付けてゆっくり1本滑って、今日は終わり(16:30)。
宿へ帰って見たら、スキー靴(兼用靴:ノルディカTR9、ラインホルトメスナーモデル92年型)が、壊れている。左足の甲のところの黄色いプラスチックが割れてしまって、一番先のバックルが効かなくなり、足の甲部分は漏水の恐れもある。1992年12月の購入で、もう9シーズン履いたから寿命だろう。明色のプラスチックは耐侯性に問題ありと思っていたが、やはりここから壊れた。明日1日だけ持ってくれれば良い。
温泉(トロン温泉、Baden-Badenの貴族の湯、などと書いてあるが、小生は本物のバーデンバーデンにへ行っている)、ビール、それから食事。日本酒(中乗りさん)2合を冷やでいただくが、まあ普通の酒、不味くはない。部屋では、結局持って行ったスペインのワイン(Diego de Armagllo 1991)を2本とも空け(1本目はややブショネだが結局飲んだ)、鮭トバも大部分食べちゃった。
2001.05.04(金) 晴
07:00目覚ましが鳴り、07:30飯の電話。水筒にお茶をたのんで、お握りを受け取って、08:30頃宿を出る。ゴンドラは空いてる。ここもICカード化しているが、我々は片道券で、カードがうまく差込めない。下車したところで登山者カードを書いて、09:03にスキーで出発。まずは初級コースを三笠山裏手へちょっと下って、田の原から緩い登りが始まる。ちょっと平地滑走したところで、歩き出す。小生は靴擦れが心配なのでスキーを紐で引くが、N君はシール。スキーがばらばらにならないように、締具に挟んで紐で結わえる道具(板切れ)を考案して持って来たが、これは大成功。ただし、途中で追い抜いた中年(or老年)夫婦は、スキーのトップを重ねてしばっていた。そっちの方が簡単。この次やってみよう。
今日は他に数パーティー、ざっと見て30〜40人が入山しており、その内スキーは10数人で、例年よりは多い。09:38鳥居のあたりでN君もスキーを引くことにして、09:50再度出発。最初は雲があったが、晴れて来た。
10:15樹林帯を抜ける。多くの登山者が夏道へ行くが、我々は敢えて直登。途中で這松を踏み越えて(ここで結構難儀した)雪田へ出る。新雪はこのへんで20p、頂上直下の潜るところでも30pはなかったから、はたで見るほどラッセルはきつくない。しかし時期外れの新雪で、下りが思いやられる。
関西人が多いさかい、関西弁がうつってしまうやないか。すぐ横の夏道を歩くパーティーと、そっちの方が楽とちゃうか、などと言い合う。女性単独行が早くも下山してくるやないか。下りが楽しみですね、と言われたが、まだこの時点ではそれほど滑降に苦労するとは思っていなかった。彼女が降りた足跡は、登りと下りでは歩幅が合わないから、新雪を歩く。後からついてきたパーティーが、小生のラッセルに付いてくるのを遠慮ししたのか、下山足跡を登って、歩幅が合わず苦労している。遠慮せんかてええやんか。
10:42〜46休憩、チョコレート。このへんからN君が遅れだす。12:40やっと王滝頂上。彼は相当ばてているので、ここの岩の上でめし。携帯電話の電波が来てるから、家に電話してみる。せっかく電話したのに家内は忙しそうで、すぐ切られた。
13:10出発。剣が峰方面は石がごろごろ出ていて、あまり雪が多くない。スキーは置いて行こうかと言った矢先、頂上から滑ってくる者がいる。しかも結構快調に滑っている。行くしかない。小生は頂上まで強引にスキーを引いて上がった。N君は早々に担いだが、まただいぶ遅れ出す。途中でテレマークの3人が、これもけっこう楽しそうに滑って行く。下りが楽しみだ(と、その時は思った)。
13:45、ついに頂上だが、いつもと違って裏(左)手から神社のレベルへ出る。しばし休み、デジカメの男性と写真を撮り合う。小生のイクシーは防水ケース入りなので、「これ、防水ケース」と自慢。他のパーティーの女性が「携帯3本立ってるやんか、お母さんにしてみよっ」とトライしてるが、こっちの電波はうまく届かない様子。
14:00、神社の階段の下でスキーを履いて出発。しかし、もうブレーカブルクラスト状態。さっき滑っていたテレマーカーとは大違いで、ただただ降りるのが精一杯、20分もかかってやっと王滝頂上へ。そこから下の、本来はスキー絶好調の筈の斜面が、ぼこぼこの新雪20pで、しかもかなりの人数が踏み荒してしまった斜面。シュプールは斜滑降・キックターンばかりで回った後が無い。N君は踏ん張りがきかず、一旦止まるともう進めない状態。待って待って待って、かなりじれったい。
登りで一緒だった関西弁数名パーティーは、尻滑りで大笑い状態。それを横目に見つつ、こっちものろのろ下る。ただただN君を待つだけだが。他のスキーパーティーもこの雪にはてこずっている。しかし実の所、小生はけっこう平気だった。強引にボーゲンから片足荷重でくるっと回る技は、こんなにひどい雪でも通用する。ただし3年前に膝の靭帯を傷めているので、強引に曲がるのがちょっと不安。本来は超快調な緩斜面が終わると樹林帯へ。ロープで通行止めになったところで左折だが、まだシュプールがあるから例年より下まで行ってみるが、猛烈にコクのある林間滑降(というより歩行)だった。15:40、ついに田の原に帰着した。
ゲレンデへ出て、初心者迂回コースから、こぶ斜面の下に出て、あとはN君もノンストップで快調に下まで飛ばした。雪が無くなっていて、滑るところだけ盛ってあるのは変な感覚。ただしゲレンデは今日も滑りやすかった。16:00、真っ黒な雪の上で滑降終了。あとはのろのろ歩いて、80段の階段を下って、宿へ。9時間半の大ツアー(?)だった。
温泉、ビール、飯。飯では木曽ワインを注文するが、小瓶しかないという。飯は箱物の他にアルコールランプの焼肉。隣のテーブルのじじばば団体がうるさい。連中が退散するまでがんばった。部屋へ戻ってさらにワイン小瓶を2本取ったが、2本目は飲まない内に寝ちゃった。22:45ごろ、ちゃんと寝た。
2001.05.05(土) 曇
雨戸の無い部屋なので、5時に目が覚めちゃう。風呂に入ってから飯。あんな雪質じゃ楽しくないから、今日はもう滑らずに、まっすぐ帰ろう。昨日よりだいぶ雲が多いので、簡単に諦めが付く。
食後はスキー包装、会計(まけてくれなかったが百草丸とタオルをくれた)。あとは11:01のバスまですることがないから、部屋でぼーっとしている。10:10ごろ、宿の母子に挨拶して出る。WC換気扇が故障しているのを教えるの忘れた。
階段を上がるが、ろくな土産なし。八海山神社は小さいがけっこう参拝者が来て、見ていると面白い。土産物屋でポリタンを売っているのは「御神水」を汲むため。しかしどうみてもここは湧き水のある地形ではない。裏へ回って確かめるが、黒いホースで給水している。ポンプアップだ。しかもぬるい。
やっとバスが来た。客はしばらく我々2名だけ。けっこうな急カーブをちょっとスリルがあるぐらいの快調なスピード下って、途中で何人か拾って、12:09の予定が12:05ごろ木曾福島。
12:13の臨時しなの(381系)。塩尻では小生の原因不明時刻表見間違い(鉄道ファンにあるまじきミスだが、このごろ結構ある、これは老眼のせい)で、時間があまりなかった。混雑で車内では弁当が食べられないといけないから、ホームで立喰蕎麦をしてから乗ったが、自由席は最終的に100%以下で取り越し苦労だった。酒・ワインを飲み、居眠りするうちに新宿。
毎年なんとか仲間がみつかって、山スキーに行けてるのは幸運である。仲間が続かなくなったらどうしようか。このごろは学生にはスキーをする者が激減している。スキーが好きで山にも興味がある方は、来シーズンは是非とも参加されたい。