5月2日(日)/快晴
今年も恒例の5月連休の山スキーである。今年は、山スキー常連となった筈の卒業生も都合が付かず、新任教員I先生もぎっくり腰で、同行者がいない。単独の山行は原則しない事にしているので、連休中とくに予定が無いという息子を無理やり誘って連れて行くことになった。60代半ばの父親と30前の社会人の息子の珍道中。スキーの無い息子はレンタルだが、2泊3日\4000+送料\4000で遥か新庄から送って来るとは、まさにネット時代。帰りは大町から送り返せば良いそうだ。
今回は針ノ木雪渓である。ここは(蓮華大沢も入れると)既に8回滑っており、最近では2003年・2005年にも行っている。昼過ぎに新宿を発ち、松本からは大糸線。今日は信濃大町に泊るだけ。
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午後早々家人の車で出る。新宿では14:00発までまだ時間があるので、エキナカ売店で柿の葉鮨や本を買う。背負った荷物で棚のジャーキーを薙ぎ倒して落したので、ついでに1ヶ買う。14:00発スーパーあずさ19号(351系)は、空いているようだが指定席は売り切れとのこと。編成の向きが予想と逆で、眩しく暑い席だったのは、自販機で席を選ぶ際のミス。線路内に入った奴の処置で遅れ、余裕時分を切り詰めたダイヤでは回復できぬまま松本には13分の延着。
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車販ではアルミ缶入りワインのグラスが付いた包装に感心。飲み食いしたり寝たりしながら、やがて松本には遅れて16:39着だから、あまり乗り換え時間が無い。16:47発の大糸線列車は115系1000番代4両セミクロスシート車で、飲み食いには適している。16:51ごろ発車。向かいの野球部然たる高校生と話したり、陽も傾いて「天使の階段」や暮れ泥む北アルプスの景色を見つつ、ビールやワインの酔いでついつい微睡んだら、もう大町に着いていた。
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駅前では、まずバス乗り場と時刻確認。駅周辺では古枕木利用の花壇があるから、息子に枕木の材質は栗だと教えたりしながら、今日の宿・H屋旅館へ。ここは素泊まりしかやってくれない。女将にコンビニや勧めの店などを聞いてから、部屋へ。
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旅館の室内は、昔懐かしい型板ガラスや、立体的な収納スペースなど、いかにも旧態然とした「旅館」である。素泊まりしかやっていないと言うのは、旅館として最少限の業務しかしないという事。実は前回泊った宿・Mに聞いたら、連休は親戚が来るから泊められないと言われ、H旅館を紹介された訳。しかし、ちゃんと探せば他にも宿はあった。
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まずは明日の朝・昼の食糧を買う店をさがす。排雪溝、古い民家、老人ホーム、変形大和張りの塀などを見ながら、国道を渡ったところのコンビニへ。
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国道の向うには長生院なる寺があったが、あとで観光地図を見たら「六角堂」って書いてあるじゃないか、見に行くべきだったと後悔する。このあたりの住宅も、50年以上前のスタイルである。目玉フェンスの除雪変形残骸などを視察し、筋向かいの大規模スーパー・アップルランドへ行くが、歩行者にはアプローチしにくい動線計画である。着替えの予備を忘れたので、ここで買う。その後、大町病院を通って駅方面へ向かうが、ここも歩行者向きには出来ておらず、道路だか駐車場だか分からないスペースを無駄に大回りさせられる。
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宿で勧められたI店は、何と前回(2005年)に来た時にも入った店だった。テーブルを片付けるのをちょっと待って座って周囲を見ると、一人で来て酒は飲まず定食だけで帰る客、結局飲んでしまって運転代行を呼ぶ客など、見ていて飽きない。
まず生ビール、それから冷奴(豆腐が硬くて良い)、馬刺、鶏手羽先揚、岩魚塩焼、公魚(ワカサギ)フライ、地鶏。最後に蕎麦と言ったら1人前しかないと言うから、半分ずつ。弾力があってなかなか旨い。最後にとても70歳には見えない可愛い女将と記念撮影。
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5月3日(月)/快晴
快晴である。早朝のバスで扇沢へ、ここからすぐ雪だから、例年よりだいぶ残雪が多い。
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05:20起床。握り飯の朝飯。昼の弁当は近所のコンビニまで買いに行く。最も横にしてはいけないタイプの弁当だが、諦めてナップザックに入れてしまう。
05:50ごろ宿を出て、人影の無い商店街を駅までぶらぶら歩き、荷物を駅コインロッカーに預ける。重い靴を持って行かねばならないが、スキーは裸で持つ。バスの客は≒10名というところ。トランクにスキーを入れたら発車。しばし微睡む内に扇沢へ早着。
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バスを降りると、早朝なのに黒四観光でトロリーバス待ちの長蛇の列。例年はしばらく遊歩道を歩いてから雪上に出るが、今年は遊歩道入り口からすぐ雪である。山岳指導員のいる案内テントで登山届けを書くが、係員が最新の写真を見せて雪崩やコースのアドバイス等、至れり尽せりの案内である。一昨日だかに新雪が降ったが、表層雪崩は昨日でほぼ落ち切ったとのこと。この時点では、時期外れの新雪による下りの辛さについては、あまり深刻に考えていなかった。2001年の御嶽山の苦労を早めに思い出すべきだった。
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07:30、雪の上を歩き出す。靴は最初からスキー靴で十分であり、ハイキング靴はこの先ずっと単なる荷物になってしまう。当面は右岸をスキーを担いで歩く。08:20、大沢小屋あたりでいつものようにスキーに紐を付け、あとは引いて登る。
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スキーを持った登山者は他にもいるが、シールが多い。滑降者にはテレマークがかなり多い。また老人が多く、中には「何の因果か山登り〜」などと自虐的な事を言いながら先へ行く人も(笑)。
大沢小屋の向かいにある、1998年に滑った大沢(蓮華大沢)には、既にシュプールがある。降ったばかりの新雪による表層雪崩の痕があちこちにある。
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12:15、マヤクボの下で飯。「すき焼弁当」は、心配通り惨めな姿になっていたが、なかなか美味。
さきほどから前後していた単独老人が、「マヤクボですか、自分は今日は峠にしておこうかな」と独り言のような調子で話し掛けて来る。例年ではこんな時期には無理な頂上からの大滑降にちょっと食指が動くが、この時間と体力では登頂は無理だろうから、崚線まで出て黒部ダムを見て来るだけにしよう、と思っていた。
しかし急斜面を歩き出すと、まだまだ先が長いと分かる。崚線まで行くのも無理だからせめて露岩までと決める。途中ですれ違った何組かの徒歩下山者は、みな雪の深さにてこずっている模様。なあにスキーを履きさえすれば下りはあっという間だぜ、などと高を括っていたのだが・・・。
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14:05、露岩と這松の所まで何とか登り、今日はここまでとしてしばし休憩。さすがにここまで登ると、主崚線の遥か向うに白馬らしい山も見える。見下ろせば素晴らしい高度感。見上げれば頂上からのシュプールも間近だが、さらに1時間ちかく掛かりそうで、体力的にも時間的にも無理だから、諦めが付く。
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14:27下山開始。這松を踏み越えて斜面へ出る。息子を先に行かせたら、何とかターンはしているが、重くてぐさぐさの新雪にてこずっている模様。しかし雄大な急斜面を滑るのは、技術的な困難さはあるものの、快感。
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次いで小生も頑張って滑り出してみたが、雪が重いわりに横圧力に抵抗が無いから、滑りにくいったらない。マヤクボの途中でカメラ交替。何とかターンするが、踏ん張りが効かないので過回転や転倒ばかりで、すっかり自信を失ってしまう。なりふり構わず斜滑降+横滑りで高度を稼ぐが、同じようなシュプールが他にも多い。
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ジャンプターンで強引に回ったら前につんのめってスキーが刺さってしまったり、ターンしたらそのまま回り過ぎたり。尻餅を計画的に着いたりと、まさに這這の体で滑っている感じ。それでも荒されていない新雪部分など、場所によっては案外快適にターンを続けることが出来た。14:41には既にマヤクボ下部。苦労した割にたった14分でこの大斜面を滑ってしまった。
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針ノ木の本沢に出ると、吸込まれそうな高度感が良い。斜滑降して、踏まれていない新雪の面を探してターンするが、次第に雪面が荒れて来る。特に徒歩下山者の深い足跡が滑りにくくて困る。見上げると、もうこんなに下って来たのかと思うぐらい、頂上は遥か上方である。
雪質は相変わらず最悪で、面倒になって延々斜滑降+キックターンする始末だが、長い斜滑降は却って太ももに来る。まだ急なあたりでスキーが前にささって大転倒。前につんのめって左膝に無理な力がかかるかと焦ったらセーフティーが外れ、すっかり自信を失う。
デブリやコブに悩まされつつ何とか回って下るが、登りで筋力を使い切っているので、踏ん張りが効かず、ものすごい恰好で堪えたり堪えられなかったりで、もう形など言っておられぬ状況。
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そうは言いつつも、大スケールの斜面の滑降を(かなり苛酷で禁欲的な趣味ではあるが)存分に楽しみ、15:20ごろ多分最初の砂防堰堤へ。ここを右岸から越え、その先は右岸の斜面をへつって行く。長い斜滑降で太ももが限界で止まらざるを得ない。
15:38、そろそろ沢を横断するあたりで最後の休憩。雪が少ない時だったらスキーはここまでである。砂防ダムに行く手を阻まれた息子が飛び降りようとしているのを止めて呼び寄せたが、ここの僅かな登り返しで疲労の限界に達して股関節を傷めた模様、さかんに痛がっている。
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沢底へ降りて斜めに横断して次の砂防ダムを左岸から越え、まだ除雪してない道路を滑り、遊歩道のあたりは林間滑降、と言うか藪漕ぎ、最後は真っ黒な雪を強引に滑って、今朝の山岳指導テント前で、15:54滑降終了。
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この時間なら16時のバスに間に合いそう。股関節を痛がる息子を急かせ、駐車場行きシャトルバスの列の奥の一番遠くに止まっている路線バスに辿り付く。トランクへスキーを放り込んだらバスはすぐ発車。
車内で靴を履き替える気力も出ないうちに、信濃大町駅16:35着。駅は改装中で狭いが、何とかコインロッカー前にスペースを確保して荷物整理。レンタルスキーを返送するため息子がクロネコヤマトまでタクシーで往復する間に、やっとビールにありつく、旨い。
駅から数q以内には風呂屋は無いそうだが、タクシー運転手の情報では駅前の旅館・S荘で風呂に入れるらしい。電話したら愛想の良さそうな主人が「山から降りてきた人は臭いから」などと冗談を言うが、快諾。さっそく行って入浴し、取って置きの新品の下着に着替えたら心身共にすっきりする。やはり風呂は良い。
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19:21のあずさ34号の指定を自動機械で買い、取り敢えずのエネルギー補給用の飲食物とアルコールを買って、18:12の115系電車へ。
松本では乗り換え時間が無く、埒内弁当屋が売り切れだったから買わずに乗ってしまった。しかし腹が減って死にそう。車内販売は先頭車から順に来るから、ここまで来たらもう売り切れの恐れが大である。疲れた体で車内を延々歩いて、御柱祭弁当\1200と櫓膳\1050を買って来た(なかなか内容豊富で旨い)のは正解で、車販が回って来た時は、6種類あった弁当が2種類に減っていた。
22:07新宿着、目黒駅からタクシーで帰宅。スキーを指して「これは何ですか」と聞いた運転手氏には、山でスキーを滑る行為自体が理解して貰えそうにない。あれこれ説明するのも面倒だから、もう黙っていよう。疲労困憊状態で帰宅。
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かくして、今年も何とか山スキー歴を途絶やさずに済んだ。時ならぬ新雪の所為で、大滑降を存分に楽しむという状況とは程遠かった。体力(年齢、とも言う)の割には登りで体力を消耗しすぎたし、2001年の御嶽山で、やはり悪雪に散々苦労して下山したのにその教訓が活かせなかったのも反省の種。それでも、これ以上は無いといった好天に恵まれ、大スケールの自然の中で贅沢に遊んで来たことには、我ながら良い趣味を持ったものだと満足している。
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◇費用メモ(1人分) 交通費:\16220、宿:\4500、 (レンタルスキー:\8000)
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