◆ブラウザの「戻る」で戻って下さい。



立山・今年も初滑り
日程:1971(昭和46)年11月19日(金)夜行〜22日(月)
参加者:NABE、Y本、F尾
コース:上野(夜行)/20:→富山→千寿ヶ原→室堂→弥陀ヶ原(泊)/21:→室堂→一の越→山崎カール下部→地獄谷→弥陀ヶ原(泊)/22:(道路滑降)→美女平→(バスだったか記憶なし)→千寿が原→富山→上野

1971.11.19(金)
 秋の連休は立山で初滑り、というのが定着して来た。いつもの北陸2号・寝台車で行ったと思うが、記録なし。

1971.11.20(土)曇・晴
 早朝、富山に着く。06:50まで地鉄の電車が無いとは呆れる。お馴染みの駅前の大衆食堂・ますりん(?)で朝定食。しかしすごい混雑だ。
 千寿ヶ原(既に「立山」に改称していたかもしれない)からは、ケーブルカーは既に秋の運転を終了し、代行バスで、新しく開通した道路を登る。立山黒部アルペンルートの一部として完成した道路で、千寿ヶ原から弥陀ヶ原溶岩台地に上がる、連続カーブの登山道路。それまではすべての車輌・物資がケーブルカー経由だったが、道路は確実に下界とつながった。自然破壊は必至という非難を避けるべく、一応乗り入れ制限をしているが、いつまで持つか。しかしこのコースは、称名滝を間近に見られて、なかなか絶景である。
 美女平からしばらく行っても雪が全然無い。うとうとする内、雪が現われ始めたと思ったら、10時ごろ弥陀ヶ原へ。いつもの立山荘に泊ったと思うが、日記には「ホテル」と書いてあるから、弥陀ヶ原ホテルだったかもしれない。一休みの後、すぐ出発し室堂ターミナルへ。ここで弁当。新しく出来たターミナルは、窓はペアガラスで、ダブルリンクのクレセント(グレモンだろう)、外部には木製雨戸付き、実にデラックスな仕様である。もとの室堂小屋よりだいぶ下にある。
 ガスが出てきたから、すぐ下山する。美松の斜面には易しいポールが立ててあったので、2本滑った。美松から弥陀ヶ原までは、薮の中の横滑りばかり強要される辛いコースだった。宿に着いたらまだ15時前。昼寝してから、16時頃に出て、近所でゲレンデシュプルングなどして遊んだ。宿には、やたら愛想が良いがどうしようもない感じの女の子がいて辟易した。

1971.11.21(日)快晴
 朝10時のバスまでの暇を、ホテル前で竿を立ててスラロームして遊ぶ。バスで室堂へ。シールを履いて、途中から担いで、一の越へ登る。やたら寒い。一の越からは八ヶ岳、南アルプス等が見えていることに気付いた。弁当を食べるが、寒い。うっかりしていたら、手先が凍えてしまった。小生はちょっと冷え性気味で、その後も手先が凍傷に掛かりそうになったことが何度もある。
 一の越から滑降。ブレーカブルクラストを苦労して滑って、山崎カールの下部へ。そこを通り過ぎて、やっと風の無い所へ行ったが、寒くて寒くて、左手の薬指が冷え切って効かない。凍傷の恐怖。Y先生にも揉んで貰って、もうこうなったら小便掛けるんだよね、などと覚悟したころ、やっと感覚が戻った。その後も何度かこうした冷え性(軽度の凍傷ですよ、要するに)には悩まされた。その後経験的に知った対策は、思い切り振ること。力一杯手先を振ると、遠心力で血液が手先の方へ行って、収縮し切った血管が充血状態になって、血が通う。もともと冷え性気味とは言え、ここまで冷え切るとは、少々焦った。感覚が戻ったあとは痛いの何の。
 ここから地獄谷方面への下りは、春だったら何ってことないが、ブレーカブルクラストだから、スキーが填ったら抜けず、強引にジャンプしない限りコントロールが全然効かない。Y先生が威勢良く直滑降して行ったと思ったら、要するに曲がれなかっただけで、そのうち斜面の加減で跳ね飛ばされ、ば〜ん!っとすっごいジャンプをして、赤いスキーが高々と上がったのが見えた後、お尻から着地するのが見えた。こんな山中で骨折でもされたら我々素人にとっては大ごと、焦って後を慎重に追う。現場検証したら、少なくとも10mはシュプールがなかった。
 地獄谷からは、またスキーを担いだりシールを履いたりして、谷を越えて、天狗へ。気付くと、回りに急に人がいなくなった。みんな室堂へ行くようだ。上空には地獄谷あたりを撮影すべくヘリコプター2機がさかんに旋回する。煩いなあ、雄山の神社の神様が怒りますよ。雷鳥沢にもすごい人出だった。この頃から、立山が急激に大衆化し、人が増えたが、何だか「有名な所」だけに人が集中しているようで、納得行かない気分。
 天狗でおしるこを食べ、下山。その後パンを食う。今日は昼寝をしないで、16時すぎにまた宿を出て、ホテルの前で少し滑った。
 夜は、館山湾上空の雲に稲妻がさかんに光っている。これが冬型気圧配置か、と、何だか怖くなった。明日はちゃんと帰れるんだろうな。

1971.11.22(月)吹雪
 16:30ごろ目を覚ますと、吹雪。積雪30cmはある。だから早速下山だ。弥陀ヶ原道路が除雪されない内に美女平まで滑ってしまいたい。食事を済ませて、08:00出発。
 F君がやたら転倒する。靴に雪が付いて締具が填らないなど、トラブル。弥陀ヶ原道路は、途中までは道路のカーブをショートカットしながら行く。美女平から雪上車(ウィーゼルと呼んだ)が来るまでは楽ちんスキーだが、斜度が無いとラッセルが大変。除雪ブルトーザが来たあとは悲劇で、砂利と雪の混合物が数cm積もった状態のところを強引に滑るしかない。石ころでスキーのソールがシーシー音を出す。昨年よりは積雪が多いようだ。
 美女平で、これからまだ入山する連中が、バスが運休で、道路の除雪・開通を待っている。その面前に滑り込む。かっこいいところを見せようと、最後の最後までスキーで滑ったが、不覚にも泥水の水たまりのところで転倒し、ギャラリーに笑われだ、悔しいなあ。バスが運休だから、下ってくる者は他にはいない。だから、やたら空いている。10:10に着いた(と、日記にあるが、どこへ着いたか不明、多分、富山)。高山線・名鉄回りで名古屋へ行くのは今回は無理で、「はくたか」の立ち席特急券を買った。14:17分発車、じきに座れた。帰りの車内では、サントリー角瓶ポケット瓶を1人で空けてしまった。東京へ帰ってからは、何とオールナイトのデートをしてるんですよね、俺も若かった。

●交通費メモ:はくたか立席特急券・富山→上野900円。他、記録なし。