針ノ木雪渓大滑降、峠は時ならぬ新雪
日程:1972(昭和47)年6月3日(土)〜4日(日)
参加者:NABE、Y本、K田
コース:新宿→大町→扇沢→大沢小屋(泊)/→針ノ木峠→大沢→扇沢→大町→新宿
1972.6.3(土)曇
春〜夏の山スキーに熱中しはじめて、いろいろな山を検討していたが、日本三大雪渓の1つ・針ノ木雪渓が、落石もなく北斜面で夏まで滑降可能という。是非行ってみようということになった。
8時ちょうどのあずさ1号(フォークグループ「狩人」の歌「あずさ2号」で有名になったが、8時の列車は当時まだ1号だった。上り・下りで奇数・偶数の区別もなかった。なお「8時ちょうどのあずさ2号」は、あずさ号の中でも優等列車で、駅長が自ら発車を見送るのだが、このスジはもと1号だったことが今回この日記を書いていて判明した。)で出発するも、Y本先生が来ない。何と、次の2号で来るとのウナ電が車内に来た。大町で1時間半以上時間潰し。後輩K君と大町のメインストリートを歩き、蕎麦を食う。
ぶじY先生も到着して、タクシーで扇沢へ向かう。しかし大町有料道路の通行料金を往復400円取られ、タクシー代が1850円かかった。
少し薄日も差すが、天候が崩れるのは必至。扇沢から1時間あまり歩いて、大沢小屋へ。客は1人の男と、池田の子供っぽい高校生6人。百瀬慎太郎の孫とおぼしき若者が今日1日だけ小屋番をやって食事も作ってくれる。
夕方「ノド」まで約70分登り、黒くて凸凹の硬い雪を10分ほど滑った。岩小屋沢岳の崚線に新越乗越の小屋がよく見えた。今日は早く寝よう。
1972.6.4(日)雨(峠は雪)
06:40に大沢小屋を出て、つぼ足で登る。当時はスキーは担いでいた。ノドまで80分、ここで10分休んで、合計3時間10分で峠に着いた。雨だが風が無いので、傘を差して登ったが、傘を持つのが疲れたので、麦藁帽子だけにした。雨は途中から霙(みぞれ)になり。黒部川方面は霞んでいてよく見えない。寒いから避難小屋に入って昼食。出てきたら峠は雪だった、6月だというのに。これには驚いた。
下りは写真も撮らずにばんばん滑ったら、たったの30分で、下の方のよく見えないぐらい遠い所まで、あっと言う間に下ってしまった。ギャラリーが見ている箇所は慎重に恰好を気にして滑る、だって我々は「観光資源」なんだから(笑)。やや長すぎたストックを10cm切って来たのは成功だった。気持ちよく滑ったが、寒かった。
また山道を扇沢まで下り、14時のバスで大町へ、15時の新宿行きに乗ったが、20:05着予定が何だか遅れて21時過ぎになった。そう言えば往きも遅れたっけ。帰りの車内で山スキー計画が盛り上がって、7月末に月山の万年雪を滑ろうという話になった。
●メモ:
タクシー・大町→扇沢:1450円+道路料金片道200円(×2)