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1973.05 蓮華温泉蓮華温泉から雪倉岳・栂池尾根
日程:1973.5.2(水)〜5(土)
参加者:NABE、Y本、Hら、Mろ

1973.5.2(水)
 フタバでリュックサックを買った。夜、23:20のアルプス10号(グリーン車)で新宿発。

1973.5.3(木)小雨
 朝、白馬大池着。バスがなかなか来ない。リフトを3本乗り継いでから、歩き始める。天狗平から白馬乗鞍を左に見ながら、樹林帯を滑降するが、見通しが効かずやや迷う。蓮華温泉に着くと、そこから下には全く雪が無い。野天風呂は快適だが、いかにも「野天風呂だ、ビールだ」という固定観念の客が多く、温泉の周りは缶ビールのプルトップが散乱している(当時はまだステイオンプルトップじゃなかった)、おお嫌だ嫌だ。温泉は時間で男女を分けていたように記憶する。Y本先生ったら、宿の自室から素裸でタオルで前を隠して温泉へ行こうとするが、通路には普通の服装の山客がいて、非っ常に違和感があった(笑)

1973.5.4(金)曇・薄日
 朝7時前に蓮華温泉を出る。宿からかなり下る。帰りが懸念されるが、仕方がない。瀬戸川を渡るところは、濁流にかかった丸太2本。ここをスキーをかついで横歩きで滑りやすいスキー靴で渡るのは相当なスリル。ちょっと素人さんにはおすすめできませんな。その後、ず〜っと登りで、岳樺の薮のあたりで飯。6時間かかってやっと雪倉岳の頂上に着いた。連休とあってだいぶ人がいたが、スキー靴でここまで来ているのは無論我々だけ。
 さて滑降だ、という段で、Y本先生が「ツアーセーフ」を宿に忘れて来たことに気付く(ツアーセーフとは、登山靴に装着して滑降時に足首を固定する、新宿・シバタのオリジナル製品。前後方向には無効だが、エッジングにはある程度有効で、小生もその後購入して、兼用靴が一般化するまで結構な年数愛用した)。Y本先生は仕方なく、それこそカンダハー締具で登山靴で滑っていた時代にもどってしまい、足首を極端に曲げる脛前傾姿勢で滑っている。さすがベテラン。上部はカリカリだったが途中からザラメで滑りやすい。最大40度の斜面を快調に滑る。途中で草付を1回渡るだけで、殆ど連続滑降、1200mを約60分。だいぶ下ったあたりに、たしか滝があったように記憶する。瀬戸川を渡った後の登り返しの1時間がかなり辛かった。合計9時間半の行動だった。蓮華温泉では夜の野天風呂は最高で、満点の星がきれい。流れ星。

1973.5.5(土)快晴
 打って変わって快晴。宿から下は雪が無いから、登り返して栂池スキー場へ戻ることにした。天気が良いから日焼け止めに覆面する。07:30に宿を出て、急坂を延々登って、白馬乗鞍へ。11時過ぎには白馬大池。池は凍結して雪の下で、ただの平地。ここらあたりでスキーを履く。あとはザラメの大斜面を一気に滑降。上半身裸で登っている連中がいるが、そんなことしたらひどく日焼けしますぞ。こっちは懲りているから暑くても長袖。榛の木ゲレンデ(だっけ?)に出るが、せっかく大規模な山があるのにこんな狭いゲレンデで不自由に滑っている人達が滑稽に見える。ま、趣味の問題だが。
 そこからはリフトで下る。馬の背状の尾根をリフトで下る(栂池スキー場は有名であり、山スキーで何度か行ったが、いわゆるゲレンデスキーとしてここを下るのはずっと後になってからだ)。下に雪が無いから、高度感があって良い。
 明日はまだ休みだからもう1泊と思ったが、ニポポは満員、以前泊った丸八旅館も電話が通じない。今日中に帰京可能と分ったので、大町乗り換えで帰った。指定席車の空席に座ったり、ビュッフェに行ったりして、甲府からは立って帰った。天候に恵まれた素晴らしいツアーだった。
費用
 宿泊(蓮華温泉):(\1840+弁当270)×2泊、運賃:信濃森上→都区内\1310、急行券:松本→新宿\300。