天神平からホワイトバレーへ
日程:1974(昭和49)年3月3日(日)
参加者:NABE、Hら、F井
コース:上野→水上→天神平ロープウェイ→天神平スキー場→ホワイトバレースキー場→水上→上野
1974.3.3(日)晴・暖か
天神平からホワイトバレーへ下るコースが、手頃な日帰り山スキーに良さそう。今回はいつものY先生は来ない。U研究室の先輩、H氏と、最近我々の仲間に加わったスキーの超ベテランF女史。08:38の「とき3号」には、大宮でF女史が乗ってきた。席が2人分しか無いから交替で座った。F女史はストックをだらしなく束ねて持っているから、手を離すとストックがばらばらになって、納まりが悪い。小生がいつもやるようにストックの手革を絡めてばらばらにならないようにすると、彼女はさりげなく元に戻す。こんなことを数回繰り返した。
天神平は今の季節は空いていて、リフトも0〜20人の列。H氏のスキー締具の位置が古い靴(ツアー用に古い柔らかめの靴を履いて来た)に合わず、それを調整する間、我々はゲレンデを滑る。右のリフトを2本滑ったが、雪が重くて重くて、非常に滑りにくい。谷川岳方面を滑っている人影が見える。
お昼を(食べたかどうか記録が無いが、多分)食べてから、13:15に高倉山のリフト上からちょっと登った所から下り始める。さっきまで晴れていたが、既に雲が広がって来た。下り始めの箇所は雪庇の発達がすごく、下が見えないぐらい。F女史がやめましょうと言い出しかねない雰囲気だが、何とか下り始める。もう戻れません。
雪をぼそっと踏み抜いたら下に空胴があって、ぞっとした。もともと気温・地温が高いけど降雪量が多いために積雪が多い地方だから、樹冠に積もった雪がそのままつながって積雪面になっている感じで、地上数メートルを歩いている我々の足下には空胴があるわけだ。
こうした雪庇地帯を過ぎれば、あとは痩せ尾根を辿るのみ。目的地のゲレンデが近すぎるのが物足りない。重い雪に幅の狭い痩せ尾根で、スキーを回すことができず、苦労して転びながら下る。だいぶ下に来て、やっと快調な腐れ新雪の滑降を楽しむ。14:40、無事ホワイトバレーのゲレンデに着いた。ビールとウィスキーを飲んで、無事成功を祝う。F女史は前夜ろくに寝ていないそうだが、タフである。帰りの列車は30分遅れ。この頃の日記を読んでいると、列車がけっこう遅れていることが分かる。
●メモ:
運賃・水上→都区内:720円
急行券・水上→上野(200km):200円
天神平ロープウェイ(谷川土合口→谷川天神平):250円