裏岩手大縦走・三度目の正直
日程:1974.4.6(土)〜7(日)
参加者:NABE、Y本
コース:(4月5・上野→夜行)、6日・盛岡→御在所温泉→八幡平頂上→藤七温泉(泊)、7日・藤七温泉→網張温泉スキー場(泊)、(8日・少しゲレンデスキー→盛岡→上野)
1974.4.5(金)
八幡平から藤七(とうしち)温泉経由で裏岩手連山を歩き滑って網張スキー場に達する長大なコースに挑戦するのは3年連続3回目。最初はF先生が藤七温泉で雨で沈澱後に遊んでいて足首骨折、それをおぶって延々八幡平コースを大沼まで踏破。昨年は藤七温泉に泊るも天候不良のため断念、またもや八幡平コースを蒸の湯・大沼へ。したがって今年で三度目の正直という訳だ。
上野22:08発103列車「北星」の寝台で盛岡へ向かう(当時は夜行列車をよく利用したが、寝台・グリーン車半々だった)。大更(おおぶけ)まで都区内から運賃だけで2230円。
1974.4.6(土)
曇・強風
盛岡で乗換え、大更(おおぶけ)駅からバスで御在所温泉へ。水筒に水を汲みに行くが、レストハウスが雪に埋もれている。例年より1mは積雪が多いようだ。昨夜までの荒れ模様で積雪が多すぎ、八幡平スキー場は第1リフトしか運転していない。これに10分も乗って、10:05シールで登り出す。第2リフトの分を23分で登った、順調。茶臼岳で昼食(11:25〜12:05)、何度も来た八幡平頂上(といっても平でどこだかわからん)を13:15通過し、源太森、単なる雪原の八幡沼から急斜面を下って、実働3時間13:50に藤七温泉に着いた。なかなか良いペース。風強く、曇。
宿の客は我々2人だけ。実に心のこもった夕食に感激。春まで補給の無い冬ごもり体制の生活は大変だろう。しかし困った事に小屋番のおじさんの喋る言葉が殆ど分らない。
夜になって晴れて来た。しかし高気圧が太平洋へ去った後、低気圧が2つ中国大陸からやってくる。晴天が明日まで持つか心配。
1974.4.7(日)
曇→雪・雨
藤七温泉では朝食は特別に06:30に頼んでおいたが、心のこもったおじさんたちは何と05:30に出してくれた。だから06:15に出発できた。おじさんたちの東北弁が殆ど理解できぬまま、丁重に挨拶して、畚(もっこ)岳へ向かう。この先ずっと南南東方向へ崚線を辿って行くのだが、八幡平と同様に平坦なコース。畚岳、諸檜(もろび)岳、嶮岨(けんそ)森(08:35)、無名ピーク、大深(おおぶか)岳(山荘09:15〜ガス待ちで10:10発)、(鞍部11:05)、小畚岳(11:35)、無名ピーク、三石沼(12:00)、三石山(12:20)、大松倉山と、小さなピークを次々と越えて行く。殆ど歩きで、滑降したという気が全然しない。雪はカリカリに凍っており、ブレーカブルクラストを時々踏み抜く程度。シールは最後の大松倉山だけ、あとはツボ足。
天気は悪く今にも泣き出しそう。1回目の昼食休憩の大深山荘を出たところで、ついに雪になった。小屋を出て登ったところで濃いガス、視界10mも無い。これでは先へは行けない。足跡を辿ってこの小舎か藤七温泉まで戻って泊るしかないと、半ば断念した。これで3回挑戦してまだ成功せず、ということになる。
殆ど諦めた気になりつつも、そうすると時間はたっぷりあるわけだから、じっと待ってみる。そうしたら何と、奇跡的にガスが晴れて来た。目の前に次の目標、小畚岳が迫る。鞍部まで標高差200mぐらいで、けっこう滑った。小畚岳の急な登りでは雪がつるつるでアイゼンが欲しかった。その後、三石岳までは何とか天候は持ったが、小畚の登りからずっと歩行で、ザックを背負う肩がだいぶ疲れた。
三石山荘ではゆっくり(12:35〜13:40)食事。ここで男女2人パーティーと会ったが、ガスの中なのに気軽な感じで来ている。ここから松川温泉まではツアー標識があって番号が打ってあるから、視界が効かなくても不安はない。箸が見つからないので、薪を割ってナイフで削って箸にする。何となくもう山深い世界から俗世間に出てきてしまったような気になって、削りカスをそのままにして立上がろうとしたら、Y本先生が黙って掃除を始めた。いかんいかん、大反省。
我々も松川温泉(地熱発電所も見たいし)へ行くというチョイスがあったが、明日にして、予定通り網張へ向かう。双子峠で国設網張スキー場のゲレンデへ出て、ゲレンデの右手のコースを滑って、14:40岩手山麓国民休暇村・網張荘へ。宿は2人分空いていて泊めてくれた。温泉に浸かり、平地と交通機関がつながっている宿の飯をいただく。何だか山の癖で早く寝てしまった。
1974.4.8(月)
小雨・曇・風
今日は松川温泉までのツアーコースを滑って帰ることにした。しかしゲレンデ上部は気温が低く風も強く、雪はブレーカブルクラストで最悪。こんな雪質じゃ苦労するだけで楽しくない。諦めてゲレンデへ戻って、下の方の融けてしゃぶしゃぶになったところを滑ったが、面白くな〜い。
12:00のバスで雫石へ。ここから都区内まで運賃だけで2230円。盛岡からははつかりの指定券が取れたが、既に2時間10分遅れで到着し、上野には3時間46分遅れたので、ちゃんと快適に座って帰ったのに、特急券がただになった。
◆当時の地図に通過時刻などが記入してあるが、何と、単色刷りの5万分の1(八幡平・雫石)だった。
●メモ
運賃・都区内→大更(おおぶけ):2230円
網張荘TEL(当時):01969-2-2425、宿泊2600円/人(1泊2食)