日程:1974.11.22(金)〜25(月)
参加者:NABE、Y本、Hら、K田、F井、T橋
コース:新宿(夜行)→大町→扇沢→室堂→浄土山→地獄谷(泊)→(沈澱)→室堂→美女平→富山→上野
1974.11.22(金)
23:45新宿発アルプス8号のロザ(グリーン車:業界用語)で大町へ。
1974.11.23(土)
早朝、大町からバスで扇沢、トロリーバスで黒四ダムへ。ダムの上は徒歩連絡だが、ここは下流側にオーバーハングしているので、何か落して見たくなるのは人情。ここには幸い雪がある。雪だるまの要領で大きな雪玉を作ったが、重くて満ち上がらない。スキーを斜めに立てかけて、そこを転がして手摺の上まで持ち上げて、落した。雪の破片を散らしながら、玉は落ちて行った。何でこんなことに頭と体力を使うんだろうね、と笑い合う。
室堂までケーブルカーとトンネルバス(ケーブルから3000円)。そのまま宿へ行ってはもったいないから、室堂ホテルに荷物を置いて、浄土山に登る。シールで登り60分。北アルプスが一望。膝まで潜る「ほっけほけ」の新雪(当時「ぱふぱふ」などという表現はまだ無かったんです)。履いていたスキーが山用の幅広ショートスキーで、ちょっと柔らかめ(寧ろ柔らか過ぎ)だったので、深雪でもすいすい回る。スキーが巧くなったような錯覚。まるで映画に出てくるようなプロスキーヤーのような気分で、絶好調の深雪スキーを楽しむ。新雪のにおいが快い。ギャラリーがみて感嘆の声をあげ、小生のシュプールに「こんなのできないよ」と賞賛の声、気持が良いね。
今回の宿、ニュー房治(07648-2-1933佐伯喜代)は、弥陀ヶ原の立山荘を矮小化したようなデザインで、施工もうんとレベルダウンした感じ。見付けるまでに若干まよった。K田君の荷物が20sあって大変だった。宿に着いて、近所のゲレンデ様の斜面をひと滑りして、今日はおしまい。飯のあと、19時には全員コテンと寝た。
1974.11.24(日)吹雪
当時の天気図(ラジオを聞いて作図していた)を見ると、秋田沖と三陸沖に低気圧があり、黄海に移動性高気圧があって、天気は好転する傾向にあるものの、今は弱い冬型。一日中激しく吹雪いていた。
することが無いから、T橋君に教わって、トランプのゲーム「革命」(その後「大貧民」として一般化して現在に至る)をやりつづけた。現在の「大貧民」における「市民革命」の制度がどうなっているにか知らないが、当時のルールは非常に合理的(かつ知的、言い換えれば「知識階級的」)であった。小生、賭けは嫌いだが、このときはさすがに暇をもてあまし、2000円ほど賭けて負けた。
夕方、吹雪が若干弱まったような気がしたので、4人だけでほんのちょっとだけ滑ったが、吹雪でめげてすぐやめた。こうしておかないと、年間スキー日数が増えない(笑)。
夕食後、また「革命」。消灯後もエネルギーが余っているので、蝋燭の灯りでゲームを続けた。深夜、外を見たら快晴だった。明日が楽しみ。
1974.11.25(月)快晴・無風・ドピーカン
ものすごい晴天、無風。K田隊員は二日酔。しかし今日帰らないと、立山は本格的な冬山になってしまう。頑張って08時に宿を出る。09時、室堂でスキーを履く。これから美女平まで20kmバス道路を滑って行くことにする。実はこのコースを室堂から美女平まで通して滑るのは初めて。スキーにワックスを塗って出発。途中で除雪のブルドーザーに遭遇するが、今回は既にアスファルト舗装がしてあるから、砂利を踏んで滑る必要はない。極めて快調に約2時間、道路をそれこそ延々滑って、美女平に着いた。ケーブルカーは運休で、代行バスでジグザグ道を下る。以前はこんな道路は無かった。たしか環境保護が理由だった筈、結局、商業主義が勝ったわけだろうか。矛盾を感じつつ下山。富山地鉄の車窓からは立山連峰がきれいに見える。こういう時の気分って、とても良いんですよね、ついつい酒が進んじゃうんですよね。車内では床に座って荷物を拡げ、パンを食べた。
白山3号は立ち席券だったが、座ったり食堂車で桝鮨を食べて嫌な顔されたりして、また「革命」ゲームや、4桁数字あてクイズ(出題者が4桁の数字を想定し、回答者が答え数字を推定して言うと、出題者が、値と桁位置が合った件数と値だけ合った件数をヒントで答え、回答者はそれを手掛かりに答えを推定する、という、かなり知的なゲームで、実は真鍋研1期生に教わったもの)などをやっているうちに、上野に着いてしまった。
協同財布システムについて
旅行中にいろいろ支払があるが、帰りの車内はどうせ暇だからと、支払項目毎にいちいち精算しながら処理した。なお、こういう協同会計処理には、よく「協同財布」という方式をやった。しかしこれでは何にいくら払ったかがあとで分からなくなる(家計簿を付けていないお嬢さんの方式と位置付けられる)。それに対して、各支出ごとに内訳を書いて行く方式は、家計簿を付けている(それが当たり前と思っていたが案外そうでもないらしいことがその後判明した)人むけの「Y本システム」(支払項目毎に借方・貸方を一覧表にして最後に全部集計する)が我々の方式。その後、それを改良した「Y本システム・ま改良ヴァージョン」(こんな名前は特に付けなかったが、支払金額を全員に等分し、支払者には別途支払額をマイナス算入、個人的貸借もすべてこの表に載せる)で以後運用した。ただし暇で暇でしょうがない場合は、上記のように旅行の過程をみんなで思い出しながら、順々に支払をその都度精算して行くという、極めて原始的な方法を取ったものである。これもけっこう面白かった
●費用 ニュー房治:1泊2食3000円、アルペンルート:ダム→室堂3000円