劔沢・雷鳥沢・タンボ沢大滑降
日時:1975(昭和50)年6月13日(金)夜行〜15日(日)
参加者:NABE、Y本、K田、T橋
コース:上野(夜行)/14:→富山→立山(千寿ヶ原)→美女平→室堂→劔沢→劔御前小屋(泊)/15:→別山→雷鳥沢→室堂→東一の越→立山ケーブル→扇沢→大町→新宿
1975.6.13(金)
立山黒部アルペンルートが開通して、立山の土手っ腹まで掛かったロープウェイの駅(雷殿)からの滑降が雑誌に出ている。当然、雷殿からの滑降を目指して、立山へ。しかし東京ではもう夏の声。梅雨に入った頃にスキーだから、駅を歩いている時など、スキーを誇らしげに持って、かなり自意識して歩いちゃう。なお明日14日はR大が創立記念日で休み(と言っても土曜だけど)。梅雨入り後だが、「梅雨中の休み」で天気は比較的良いことが多い。この日程でよく山へ滑りに行ったものだ。
大学で二部関係の会議、それから上智大学A神父の研究室でスペイン語のおさらい、それから夜行で立山へ出発である。夜行寝台(能登21:48発)で富山へ向かう。ルート周遊券・503番という、やたら横長の切符(8400円)で行った。
1975.6.14(土)晴→曇・ガス・雨・霰
富山には05:48に着いて、いつものように06:25の地鉄で07:15千寿が原(既に「立山」に改称していたかもしれない)、07:30のケーブルカーで07:37美女平、08:00のバス(今までとは大違いのまるで「観光バス」のようなデラックスなバス)で室堂へ09:10着。今回は弥陀ヶ原・立山荘ではない。
09:15室堂から歩いて、滑って、09:45雷鳥沢の下に着く。10:10から雷鳥沢を登り、11:50劔御前小屋に着き、チェックイン。小屋番は比較的若い女性だった。ここで昼食、夜行の疲れで昼寝。
13:40に小屋を出て劔沢を滑る。こういう滑りかたでは、先に楽しみを味わってしまって、あとはひたすら登り返して来るだけ。しかも今日は御前小屋泊りだから、まさに登り返すだけ。だからあまり下まで滑る勇気が出ない。こんな時期なのに、沢には嫌と言うほど雪がある。しかし白とは程遠い、茶色の雪である。誰も踏まないまま充分に腐って落ち着いた雪は、本当に滑りやすい。茶色の雪面に思い思いにシュプールを付けながら、なるべく止まらないように一気に滑って、14:20平蔵谷出会。ここで滑降はやめにした。
あとはただ登るだけ。14:30からはただただ登る。もっとずっと下から登り返してくるグループに、ひどく元気な女性がいて、仲間に「がんば〜」とかさかんに声を掛けている。キャップ被って赤いトレーナー姿の、なかなかの体育会系美人。彼女たちは、室堂を朝出て劔沢を下って長次郎雪渓を半分登って来たそうだが、我々もいつかは行きたい。もっと下へ、真砂沢出会まで滑って、真砂沢を登り返して来る、という案もあった。それはともかく、こんな女性と知り合いになれたら良いなあ、と思っていたら、何と、我がパーティーのT隊員がちゃんと声を掛けて(要するに「ナンパ」して)名前(たしか、Tの海さんと言った)と電話番号を聞いた。隅に置けませんなあ、男前には負けますなあ。
15:45劔沢小屋(営業している)で一休み、16:00に出て、御前小屋には17:20に帰着した。かなり高地である所為か、やたら喉が乾いて、夜中の2時半に目が覚めて眠れなかった。
1975.6.15(日)薄曇→晴
朝、ちょっと歩いて別山へ。すばらしい眺めである。雷鳥とオコジョ(イタチ)がいる。オコジョは動きが素速く、なかなかシャッターチャンスが無い。横で見ているK君が「シャッター!シャッター!」と苛々するが、なかなか一瞬のシャッターチャンスが掴めない。
雷鳥沢を滑降する。以前に比べてスキー技術が向上したとは言え、40度近い斜面を下るのは結構緊張する。K君が急な崖状の斜面で転倒している。
室堂でバスのことを聞くと、雷殿からの滑降は10日迄で終わったと言うではないか。何という不運。仕方がない、今回も東一の越からタンボ沢を滑って帰ろう。バテバテ状態のK君を励まして、12:10一の越まで登り、12:45に出て、東一の越までは殆ど全部歩きで、13:30着。ここで軽く昼食。天気は回復し、ひどく日焼けした。
下りとなれば、バテていたK君も含めて、元気が出る。13:50に東一の越を出て、急斜面に突っ込む。4人で最高に綺麗なシュプールを付けるべく、お互いのシュプールを踏まないように、頭上のロープウェイを意識しながら滑る。まずまず満足の行く滑降だった。下の方はスプーンカット状態で滑りにくい。雪面は樹脂で汚れ、スキーのソールはぬるぬる、真っ黒。次回はベンジン持参で来ないといけない。14:15、ケーブル・黒部平駅に着いた。
あとは14:40地下ケーブル、黒四ダム上歩行と、15:35トロリーバス、タクシー、16:20大町発で新宿へ帰った。さすがにこんな時期なので空いていて楽々座って帰った。新宿駅には今回参加できなかったF嬢が迎えに来ていた。