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RYH山小舎から上州武尊・二日酔で断念
日時:1976(昭和51)年3月13日(土)〜14日(日)
参加者:NABE・S田・N田・M橋
コース:上野→水上→武尊橋→青木沢→RYH山小屋(泊)/→裏のピーク→宝大樹ゲレンデ→山小舎→青木沢→水上→高崎→赤羽

1976.3.13(土)快晴
 顧問をやっている大学のサークル、R大学ユースホステル同好会は、何と上州武尊の麓に専用の山小舎を持っている。これを拠点に、地味だが山深い上州武尊へ行かない手はない。積雪がある春に行くことになった。
 07:17発の佐渡1号で水上へ。山スキーに熱中していた頃、この列車を何度利用したことだろう。朝の急行は満員で、グリーン車のデッキに立って行った。水上は小雪だったが、1025mbの高気圧が来ているから、天気は安心。夕方は快晴になった。
 水上で食糧調達、段ボール2箱になった。S田君は山ではいつもプアーな食生活をしているらしく、贅沢だと驚く。バスで武尊橋へ向かうが。背負子に積み上げた段ボールがバスの天井につかえたのには自分が驚いた。下車、少し歩いて、青木沢集落のHさん宅(山小舎の鍵が預けてある)に寄る。
 手土産を渡して、お茶をいただき、出発。すぐ雪である。3人はシール。M橋嬢は踵が上がらない締具なのに実に快調に付いて来て、寧ろ山スキー(YSER・160cm)で来たN田君のほうがもたもたしてる。S田君はオーバーシューズでツボ脚。
 途中で林道へ出て、再びシールを履いてからは落葉松植林の中を楽々登る。宝大樹スキー場予定地のスロープを左に見て、上智大学の山小舎を過ぎると、ぐっと落ち着いた雰囲気になって、約2時間で山小舎へ。
 夕方、山小舎周辺でスキーに興じる。しかしさきほどまで新雪だった雪が、さすがに湿雪のため、ブレーカブルクラストに変身し、まったくスキーが曲がらなくなった。ジャンプクリスチャニアで無理やり曲がる、というより、ジグザグに断続的シュプールを付けて曲がらずに滑る、という高等技術の訓練。こういう技術が山じゃ有用なんだ、とか言っちゃって。M橋嬢は難しいプログラムを楽々こなす。
 夕食はまずワインでスルメ、次いでメインの豚肉寄せ鍋だが、鍋というものは1回ごとに空にしてから次を入れるんだ、などと言いながら、3ラウンドほど食べた。薪ストーブだからなかなか煮えないので、待つ間にひたすら飲む。M橋嬢ったら、すぐ「あら、お酒が無いわ」と、速いピッチで酒を要求する。相当よっぱらって、かりかりに凍った雪の上に裸足(正確には靴下)で出て、外で歌を歌ったり(周囲数qだれもいないからいくら騒いでも平気)、そのうち吐いたり。雪の上で裸足(本当に裸足)で吐いていたM橋嬢が「足が凍傷っ!」と騒いだり、もう完全に酔っ払い状態で、やがて小生の膝の上ですやすや。だから動けず、明日の弁当(サンドイッチ)は男子隊員S田・N田君に作ってもらった。ちょっと顰蹙。

1976.3.14(日)晴→薄曇
 5時に起きて武尊登頂を目指す筈だったが、ひどい二日酔でとうてい山には登れそうもない。朝起きてまた2回ほど吐いて、結局10:30ごろやっと出発。しかし、あれだけ飲んだM橋嬢は、朝起きて小屋付近でスキーをやってたんだそうだ。若いものには負ける(というのは現代から見た言い方で、当時小生はまだ30歳独身、青春の真っ只中だったのだ)
 弁当を背負子に付けて出発。小屋から左手へ行ってから宝大樹尾根へ直登。しかし雪は少なく、薮の登りで苦労する。1時間以上かかってやっとブナ帯からカラマツ帯へ。途中で何度も吐き気と二日酔で雪面に突っ伏す、破廉恥だ〜。しかしシール登高するうち、気分は回復してきた。それでも「男手」のサンドイッチは分厚くて、半分しか食べられなかった。とうてい山頂は無理なので、適当に引き返すことにした。
 下りになると、もう二日酔は忘れて絶好調。登山道のあたりまで崚線を下り、薮の中を適当に(というか目茶苦茶に)下るが、薮潜り滑降はコクがあってなかなか面白い。本当は無限に広がる新雪の大斜面を高速で飛ばしたいのだが、どうも重い湿雪をずるずる滑ったり薮漕ぎ滑降したりする方に慣れてしまったようだ。しかしM橋嬢、山は初めてなのに実にたくみに薮をこなして行く。
 やがて宝大樹スキー場(予定地)のゲレンデへ。誰も踏んでいない春の新雪は実に滑りやすいので、何度も登り返してきれいなシュプールを残す。が、ギャラリーはいない。スキーを持っていないS田君は、山小舎から橇を持って来て遊んでいたが、キャラバンシュズに小生のツアーセーフ(新宿・しばたオリジナルの登山靴でスキーするための足首固定具)を付けてみたら滑れそうだというからスキーを貸したら、案外上手に滑る。
 帰る。洗い物・掃除を済ませ、16:15に小屋を出た。スキー組は速いが、ツボ脚のS田君を待ってゆっくり降りる。途中でレーウィン(気象観測気球の部品)を拾った。以前にも黒姫で拾ったことがあるが、残雪期の山ならでは。N田君は締具が緩くて、何度もスキーが外れる。M橋嬢は相変わらず速い。最後はスキーを脱ぐのにもたもたしていると、結局ツボ脚の方が総合的には早かった。青木沢・Hさん宅近辺まで滑り、更に少し滑ってバス停へ。このあたりでバスを待つ間、ビールを飲んだ筈。
 17:45のバスで水上へ。各停で高崎へ。ここでしばし時間があったので駅前でパチンコをした。パチンコと言えば、R大学に奉職した頃は、先輩i教授の影響でけっこうパチンコをやってた。しかし小生はギャンブルは大嫌い。他人が設定した出玉率に乗っかっていかにも確立的な行為をやった気分になること、それより自分の努力に報われず確率に身を委ねる行為そのものが、どうしても許容できない。そこで投資額と出玉のデータを取ってみたところ、玉1ヶあたりの投資額が累計では次第に店の玉の価格に収斂して行くことが分かった。つまり、玉を買ってそのまま景品に交換しているのと同じ。パソコンが登場したのを機に、パチンコはやめた。
 高崎から急行・信州、空いていた。武尊登頂は成せなかったが、実に楽しい山スキーであった。

●メモ:水上→山手線内 運賃\870 急行券(200qまで)\200