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立山:劔沢・長次郎雪渓・真砂岳・山崎カール大滑降
日時:1976(昭和51)年6月11日(金)夜行〜14日(月)
参加者:NABE、T橋、F島

コース:上野(夜行)/12:→大町→扇沢→室堂→劔御前小屋(泊)/13:→長次郎雪渓→劔御前→真砂岳→雷鳥荘(泊)/14:→ろうそく岩→雷鳥荘→美女平→富山→上野

1976.6.11(金)
 Y本先生に山スキーを教わって以来、立山には何度も行った。今回は山スキー仲間のT橋君と、研究室のスキー上手のF島君とで行く。Y本先生の指導を離れて、自分がリーダーになって行く初めての立山である。最初は6人で列車予約してた筈だが、最終的にこの3人になった。しかし、この山行は、小生の山スキー歴の中でもおそらく一番貪欲に滑ったのではないだろうか。
 図学の授業や、雑誌のイラスト原稿渡し、卒論会議(後に某設計事務所社長になるS君の卒論)などをこなしてから、夜行のアルプス6号で新宿を発つ。空いていたが、眠れなかった。夜行では眠れなくなったのを意識するのは、この頃からだろう。

1976.6.12(土)曇・薄日
 大町へ着き、タクシーで扇沢へ。夜行は疲れる。朝食が取れず、途中2時間を寝ようとしたが眠れず、寝ようとしてすぐ起きたりして、結局黒四ダムで飯を食った。
 アルペンルートのケーブルカー・ロープウェイ・トンネルバスで室堂へ。室堂からあるいてみくりヶ池へ。小生は道の記憶があやふやだが、T橋隊員はよく道を覚えていて、頼りになる。雷鳥沢の登りは右寄りにコースを取り、劔御前小屋(0764-82-1932)へ。
 小屋では腹が減って腹が減って我慢できないから、うどん(薄味だし汁の関西ふう饂飩だが青い蒲鉾の薄片が入ってるのには辟易)を2人前食べた。さすがに眠いから小屋でしばし寝る。
 14時に出る予定が、熟睡してしまって、出たのは15時。劔沢を劔沢小屋あたりまでちょっと滑る。調子に乗って下りすぎると、登り返しが大変だ。登りではF島君が強い。ちょっと余分に登って景色を見る。可愛い女の子が「槍と穂高が見える〜」とやってきたので、しばしお喋りした筈。夕焼けがとてもきれいだった。風は寒い。ちょっとだけ滑って小屋へ戻ったが、そのあと記録なし。多分つかれ切って寝た筈。

1976.6.13(日)曇・薄日
 07:10に劔御前小屋を出て、いきなり劔沢の大滑降。殆どノンストップで滑り続けた。こんなに長い距離・時間を連続で滑るのは初めてである。正味18分で長次郎出会に07:30に着いた。あとで降りてきた時に冷たいものが食べたいから、密柑の缶詰を雪に埋めて、07:50から長次郎雪渓を登り始めた。膝を傷めているT橋君は30〜40分で登るのをやめる。時間・体力の関係で何処まで登れるか分からないので、とりあえず1時間待っててくれと言い残して、T橋君を雪渓上に残す。天気が良いから昼寝でもしてて貰おう。
 08:25にF島君と2人で雪渓登りを再開。ちょっと日本離れした雄大なスケールの岩場に囲まれたアルペン的光景の真っ只中にいるんです、という感じの登高は、至福の時間。これじゃ上まで行かなきゃもったいない。岩登りの連中が下ってきたから、「下にデポした仲間がいるから予定より時間がかかる」旨の伝言を頼んだが、彼等は「八つ峯を登るから下まで行かない」とのこと。雪渓を登り詰め、上まであと少しのところで、タフな筈のF島君が「ここまでにします」と止まってしまう。急斜面にびびったらしい。仕方がないからあとは一人で登る。ついに剣岳の肩まで登った。岩の間から日本海が見えた。予定から大きく遅れ、2時間経っていた。
 さて大滑降、10:25ごろ出発。登山靴に新宿「しばた」特製「ツアーセーフ」という足首固定度の低いギアでこの急斜面を滑るのは、今から思うと無茶なんだが、恐怖感ゼロで40度近い斜面に飛込んだ。ちょっと斜度が緩んだあたりでF島君を拾って、あっと言う間に出会まで下って、10:40T橋君と再会した。
 さて、あとは延々登り返しである。こういう「喜びが先、苦しみが後」のスキーは、後が辛いけど、体力がある内に滑降できるという利点がある。11:30から延々登り返し。昨日会った銀座H時計店のパーティーにまた会う。ずっと同じペースで登るから自然に仲間意識が出来る。14:30、小屋へ戻った。さて、ここから雷鳥沢を下るのが自然だが、ついつい慾が出る。真砂岳の肩からの斜面に雪がべったり付いている、あそこまで稜線歩きをしようということになった。T橋君も膝は大丈夫という。
 15:00小屋を出て、砂っぽい斜面をへつって立山主峰方面へ向かう。途中、雪庇の残りみたいな小雪田を強引に乗り越えようとしたら、途中から殆ど垂直になっちゃったのでおそるおそる戻ったが、登山者が呆れて見てる。その後もだらだら縦走し、16:30真砂岳のガレ場の下に着いた。ガレ場を下って雪へ。締った雪は快適だったが、さすがに疲れた。下ったらもうへとへと。雷鳥荘までの登り返しには、エンジンリフトを使う、楽ちん。雷鳥荘(0764-82-1238)には例のパーティーが泊っていた。冷静になって見てみるとそんなにものすごく可愛いと言う訳でもないんだけど、山スキーをする若い女性ってのは魅力があるんです。我々3人に他人1名が加わった4人部屋だった。ほとほと疲れてぐっすり寝た。

1976.6.14(月)小雨・晴・曇(東京は小雨)
 昨日はさほど晴れていなかったのに、日焼けで顔がむくんでしまった。初夏のスキーではどうも毎回顔がひどく腫れるが、本当に日焼けかしら。朝は晴れていたが、やがて小雨になった。
 08:00ごろ宿を出て、山崎カールへ向かう。カール下部まで歩き、ろうそく岩まで急斜面を登った。10:30ろうそく岩。休んでいると、何と上からスキーが流れて来るじゃないか。無人の片足分のスキーが、のろのろと、しかし止まる事なく、延々下まで滑って行った。山でスキーを流したら本当に命取りなんだよ、素人さん。
 10:45から滑降したらすぐに雷鳥荘、部屋へ戻って荷造り、12:50のバスで美女平へ下山する。立山には何度も来ているが、考えて見たら、こんな時期の弥陀ヶ原をバスで下るのは初めてである。雪は少なく、初めて見るガキ田の奇景を楽しんだ。天狗荘から下はもはや積雪なし。地鉄で富山へ出て、16:38のはくたかで22:23上野着。当時のパンフレットや切符が懐かしい。

 メモ
 劔御前小屋1泊2食:\10200(3人で)
 アルペンルート:ケーブル黒部湖→黒部平\600/黒部平→大観峰\900/トンネルバス\1500/荷物券\300
 富山→大宮:乗車券\1990+特急自由席\1100