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奥志賀から竜王下り
日時:1977(昭和52)年3月31日(木)〜4月2日(土)
参加者:NABE・M留・A藤、(ツアー参加3人、ほかにU研究室の16人)
コース:上野→長野→中野→志賀・蓮池(泊)/→奥志賀→竜王下り→土橋→蓮池(泊)/→寺子屋等→帰路

1977.3.31(木)
 R大学に奉職してからも、古巣のU研究室のスキー合宿には何度か参加していた。今年も志賀高原・蓮池のS秀工務店の山小舎・アルペンローゼ(もとS友財閥山小舎)に泊ってスキーを楽しむ。山スキー熱中時代で、当然ながら周辺のコースを滑りまくるが、いつもながら仲間集めに苦労する。
 いつものように「あさま1号」で長野へ向かう。昨夜の飛び込み練習は不調だったが、それとは関係なく、やたら眠い。長野に着いてからも眠い眠い。電車・バスで志賀高原・蓮池、アルペンローゼへ。管理人・K玉氏としばし談笑してから、濃いガスの中を1人でゲレンデへ。テレキャビン(4人乗りリフトに卵型キャノピーを被せただけ)で東館山へ登ったら、突然ウチのR大学生らしい学生数名に「あ、先生〜!、奇遇ですなあ」などと声を掛けられた。2年生らしいが、最後まで誰だか分からずじまい。みんなスキーはあまり上手ではない様子だった。
 先行しているU研の連中を探すが、小生の速さならどこかで追い付くはず。寺子屋・高天ヶ原・一ノ瀬と巡って探し、寺子屋へ戻ったら皆に追い付いた。一ノ瀬の「ハッピネスコース」が面白い、という記述があるが詳細は忘れた。水平連絡コースのことか?
 来るか来ないかはっきりしなかったA藤君が、やはり来るとの連絡。夜は酔っ払って恩師U先生や先輩S先生相手にだいぶふざけて、顰蹙ものだったらしい。


1977.4.1(金)快晴
 さて今日こそはツアーである。仲間を募るが、やはりゲレンデが良いという者ばかり。どうしてみんな山に興味が無いのだろう、こんなに面白いのに。それに今日のコースは下りばかりで距離もあって面白いのに。やっとM留君とA藤君の説得に成功、しかし妥協して出発は午後。ツアーは早立ちが原則だが、この天気なら大丈夫だろう。
 奥志賀ゲレンデでは、新設の第5リフトを滑ったり、頂上から林間の新雪を滑ったりして遊び、午後になって奥志賀から竜王へ向かう。慣れたコースで、今回は足も揃った仲間なので、殆ど問題なし。実に滑り出のある、楽しいロングコースである。蟻の戸渡りもスキーの前後を空中に突出したまま横滑りでさっさと下り、階段登高でちゃっちゃっと登り返してあっさり通過。最後は段々状の田圃(調子に乗ってジャンプしてたらつんのめって転んだ)を滑っている内に雪が無くなり、1時間45分で土橋へ。集落を約200m歩いたら、新聞・牛乳屋があったのでタクシーを呼んで、直接蓮池まで帰ったら17時、良い気分で入浴した。
 今夜も飲む。U先生・S先生には「NABEには飲ますな」と釘を刺されたが、昨夜の小生のふざけ方は相当ひどかったようだ。しかしそのうちいつものように仲良く飲みはじめた。

1977.4.2(土)晴→ガス
 寺子屋で解散、F尾・A藤両君と3人で高天ヶ原へ。林間をショートカットして登らないで済む工夫。A藤君が大転倒でスキーを流したのを拾いに行ったついでに林間を滑るが、今度はF尾君が転倒、などと、ゲレンデとゲレンデの隙間で山スキー気分を楽しむ。一ノ瀬、寺子屋、高天ヶ原、林間下り、14:30になったから最後にジャイアントを1本余計に滑ったら、ちょうどガスになった。天候は絶妙のタイミング。満足して帰る。
 バスで下山、志賀2号(湯田中18:20発)は空いていた。国鉄の急行が長野電鉄に乗り入れていて、直通で上野まで帰れるのは便利である。急行券は長野からは僅かな距離で200qを越えるので、赤羽まで買う。車内では当然酒盛りで、ワインとビール(4本)、つまみはガムテープで窓ガラスに貼り付ける。快調に飲みながら帰った。赤羽で下車して京浜東北に乗り換えたか、上野まで「うっかり」乗り過ごしてしまったかについては、記憶なし。

●メモ 湯田中→都区内\2440、赤羽までなら連絡急行券は\580、乗車整理券\50