日程:1978.3.16(木)〜17(金)
参加者:NABE、Y本、H田(途中まで)
コース:16日・上野→長野→新井(泊)/17日→上関田→関田峠→温井(bus)→飯山→野沢温泉(泊)/18日→(七カ牧コースへ)
1978.3.16(木)晴
雪の峠越えシリーズ・第2弾として、信越線と飯山線の間にある頚城山地(というのだろうか、信濃川の左岸にある結構な山脈)に目を付けた。この山地にもいくつか峠があるが、関田峠を選んだ。
上野から15:34のあさまで長野へ。途中、上田で妙高3号を追い越す際に、Y本先生の姿が見えて互いに手を振る。長野まで行って、その妙高3号を待って乗り換え、新井へ。Y本研の院生・H田君(地元)が車で迎えに来ていてくれて、宿からちょっと遠い店で焼肉定食を食べ、「かんずり」を土産に買った。「かんずり」はここでを覚えたのだが、以後ずっと愛用している。宿はプアーで寒かった。
1978.3.17(金)晴→ガス・小雪→快晴
宿からタクシーで上関田(400m)へ向かい、08:20に歩き出すが、いきなりブレーカブルクラストで相当潜る。H田君はシールが無いが、やはりこの季節にシール無しは無理。シールの代わりに細いロープをスキーに巻くことにするが、彼が持っているロープじゃ到底長さが足りない。小生のロープを出して、直角に結び目を作るように巻いて行く。こういう滑り止めの工夫は聞いたことがあって、何となく結びかたのイメージがあったから出来たが、やってみるのは実は初めて。いきなりH田君には無理でしょう。しかし彼はびびったのか、10:10ごろ、七曲りあたりで膝が痛いから遠慮すると言い出した。彼には結局地元の宿を取ってもらっただけのような形になったが、戻ってもらう。
広大な雪原(光ヶ原牧場)へ出たあたりて、ちょっと方向を勘違いして、当初の予定コースだった林道からずっと左に寄りすぎ、左側が大きく切れ落ちた所へ出てしまった。ちょっと焦ったところで、かなり濃いガス。やむなく30分以上ガス待ち。雪庇(ちょっとピークがあると風下に数〜10mぐらい雪庇がある)を避けて稜線へ出て、12:30〜50昼食。13:35、やっと峠(1123m)へ出た。雪に埋もれて林道はどこだか分からない。方角を間違えたが、結果的には最良のコースで峠へ達した(左のピークから峠へ降りた)ことになる。
当初の予定では黒倉山・鍋倉山へ登って、戸狩へ下ろうという案もあったが、だいぶ時間をロスしたので、しばらく待てば天気も回復しそうだが、山は断念。しかし鍋倉山は頂上が白いドームで、なだらかな東斜面はなかなかスキー的に見える。いつかは行きたい。
13:50から下山開始。峠からは雪崩が出そうな裸地を右へ右へとトラバースし、あとは沢沿いに温井(550m)集落の上まで下った。14:35、ここで2回目の昼食。さらに集落の右横を滑って、ちょっと左の集落へ入ってみたら、15:05、何とちょうどそこにバスの終点がある。しかも15:35にバスがあるという幸運。
戸狩で下車すれば良いのに、何となくぼーっとして飯山まで出てしまい、コーヒーを飲んでから同じバスで野沢温泉へ向かう。案外近かった。民宿・白樺に泊った(「泊れた」と日記にあるが、それ以前に行った心当たりなし)。
研究室のK川君が天文部の合宿ですぐ裏の民宿にいるから、会いに行った。可愛い女子部員がいるとの前評判だったのに女子は出さず、その代わり理学部の男子1名が明日我々の七ヶ巻ツアーに同行することになった。
翌日の、千曲川の桑名川渡船で有名な、七ヶ巻へ下るツアーについては、別項参照。
●費用
運賃:都区内→新井2100+特急1400+急行400円、
宿代:新井・5500円(朝飯+おにぎり2食)、野沢3500円(1泊2食)
七ヶ巻まで合計で合計22260円