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1981.6栗駒山・雨の薮漕ぎ雪不足
日程:1981.6.5(金)〜7(日)
参加者:NABE、Kぎ

1981.6.5(金)
 栗駒山は積雪が多いようだから6月でも残雪スキーは可能と勝手に思い込んで、行った山スキーである。5月連休に企画して6名参加の筈だったが、小生がひどい風邪を引いたので中止。駒の湯の「くりこま荘」(02284-6-2036)へキャンセル料6,000円を送金した記録がある。
 その後5月16〜17日の週末にも計画したが、面子が揃わず(だったと思うが記録なし)延期、やっと6月に実施した。参加者は卒研生・K君と2人だけ。
 6月6・7日は4県合同の山開きだそうで、山に近い宿はすべて満員。やむなく栗原電鉄・栗駒駅前の旅館「いずみ荘」を予約した。上野23:22発・急行「いわて3号」夜行グリーン車で、石越へ向かう。しばし喋っていたが、K君の声が大きいので、もう寝よう。

1981.6.6(土)小雨
 06:30石越に着く。スキーを持っている人など他にいる筈が無い。曇っていて山は全く見えない。06:32に栗原電鉄で07:06栗駒駅着。田舎の宿でどんな感じの悪い宿主が出て来るかと思ったら、若い溌剌美人が出て来てびっくり。
 宿で朝食をいただく。着替えついでに一番奥の部屋に案内される。いかにも田舎の駅前旅館らしい風情だが、何だか大おかみも若おかみも妙にインテリ風の美人で、遠来の都会人の客に対して全然違和感ない応対が良い。もはやこの時期では梅雨入り寸前という感じで雨模様だが、せっかく来たのだから行きたい。雨があがって一瞬晴れ間が出たから、タクシーを呼んで08:00ごろ出た。
 タクシーは4000円余りで、イワカガミ平へ。残雪は僅かにある程度。レストハウスのおじさんに、スキーはどこで出来るかと聞いたら、怪訝な顔で明らかに否定的な反応。でも「沢に雪はあり、行けば分かる」との言葉を信じて、山に向かう。しかしそこから上はずっとガスで、いったいどんな地形か、どこに雪があるのか、皆目見当が付かない。登山道(中央遊歩道)あたりには全く雪のかけらも無い。樹木の高さは1m程度で、いかにも多雪と強風を思わす風景である。
 まさに五里霧中で登って行く。10:15(多分須川方面への)分岐、10:35にやっと雪面へ、意外にも1時間ほどで500mも登ってしまって、10:45ごろ頂上へ着いた。
 頂上のすぐ手前・右に大きな(期待値:ガスでよく見えない)雪田、左にも雪が見えて、ちょっと安心。須川温泉方面(当初、雪があったらそっちへ下ろうとまで思っていたのだが、全くの時期外れだった)も、夏道沿いには全く雪は無い。ガスで見通しが効かないから、「お沢」は諦め、「中央コース」の雪を1回滑った。あまりにあっけないから1回(10〜15分)登り返してまた滑るが、小雨とガスで寒くて、面白くないからもうスキーはやめよう。12:08にデポを後に、明日は晴れるだろうと勝手に期待して、下山。途中で1回草付き(滑って転んだ)を乗り越えて下の雪田に出たものの、いくらも行かない内に、12:35雪は終わり。丈の低い植生のほか、妙な形の残雪からも、風が強そうなことが想像できる。さて、ここで雨の中で弁当だが、ちょっとも楽しくない。
 さて、夏道を探さねば。残雪期の山スキーはこれが大変。雪は勝手に途切れるから、どっちに夏道があるか分からないと、道の探しようもない。しかも今日はガスで視界が効かないという悪条件。今回は左へちょっと行けば道がある筈と分かっていたから、意を決して薮に突入する。しかし雪の所為か1mぐらいの濃密な薮は抵抗が大きく、なかなか進まない。担いでいるスキーが小枝に引っ掛かって欝陶しい。薮漕ぎではテールを前にしてスキーを担ぐと枝に引っ掛からない、などという技法を開発したのは、この時である。
 13:20ごろから薮漕ぎ開始。K君の長靴の底が剥がれてペタペタ言っていて歩きにくそう。あとで地図を見たら100mそこそこの距離だが、方向を間違ったりかなり苦労して、やっと指導標を見付けた。そこからは「中央コース」を下るだけだが、登山道はまるで川状態。ずぶぬれでまさに下着まで濡れて、しかもK君の靴は防水能力ゼロ。だいぶ歩いてから「あと1.2km」を見て愕然。絶望的な気分でさらに歩いて、やっとイワカガミ平に辿りつき、朝に乗ったタクシーを呼んで、宿へ戻った。
 着ていたものはびしょ濡れで泥だらけだから、洗濯機で丸洗いして、炬燵の蒲団の下に(「着干し」の要領で)入れて干した。K君の靴が壊れたから、長靴と酒を買いに出た。TVを見ていたら、K君はばたんきゅーで寝てしまった。そうだろう、あんな薮漕ぎをしたんだから。天気予報では明日も好天は期待できない。

1981.6.7(日)
 今日はもう朝からどしゃ降りで、雨がトタン屋根に当る音で、起きる気もしない。これじゃ山開き行事も出来ないだろう。もう山に向かう必然性は全く無くなった。昨日がんばってスキーをやっておいて良かった。こうなると暇である。
 宿の朝食は我々2人の他は顔なじみ会社員風1名だけで、ふつうのおうちの居間という雰囲気で朝食をいただく。この宿はインテリアふうお祖母さん(と言うには雰囲気が若い)と、若夫婦(旦那は会社員風で出かけて行った、若い奥さんは実に可愛いお嬢さんの雰囲気)には8歳の娘と6歳の息子・よう君がいる。居間だからピアノがあるが、子供たちはピアノを習って(習わされて)いる模様。K君はピアノの名手で、ピアノを見ると「弾いて良いですか」と急に弾きはじめた。即興で、次々メドレーで留るところを知らない、数十分も引続けただろうか。宿のおばさんも娘も孫も、吃驚して見とれている。演奏もやっと途切れたので、小生も弾ける唯一の曲「ランゲの花の歌」とかバッハのメヌエットとかをちょっと弾いてみる。宿のおかみもさすがに驚いて、「あんたたち、一体何者?」と聞いてきた(数年後、別の面子で栗駒山再挑戦に行った際にこの宿に泊ったが、おかみさんにいきなり「今日はピアニストはいないの?」と聞かれた)。そう言えばこの宿、いい加減なもんで、宿帳を書いていない。身分を明かし、乾いた衣類(耐用年数が来ている小生のニッカボッカのかぎ裂きを、奥さんが直してくれるなど、まるで母親みたいな対応)など、荷物をまとめ、宿を出た。
 さて、暇である。石巻線・仙石線はまだ乗っていないから、そっちを回って帰ろうということになった(と言うか、そういう小生の提案に、忠誠心の塊りみたいなK君が従っただけ、なんだけど)。栗駒10:14→10:40石越10:35→11:17小牛田12:49→13:05前谷地→石巻→14:01女川。ちょっと岸壁まで行って(スキーを持っている姿が極めて違和感あり)、女川14:16→14:43石巻14:53→16:10仙台。仙石線の電車は、旧国電足回りに山手線もどきの鴬色の車体を載せた国電スタイルで、吊り掛けモーター音と車体アコモが不釣り合いである。仙台では1台待って、予定の16:58発「ひばり24号」で帰る。酒をしこたま飲んで、K君と喋っているうちに21:13上野帰着。東京は蒸し暑く、晴れていた。スキーをしたという印象の薄い山行だった。

◆会計
 交通費/23980(女川→都区内運賃4800、仙台→上野特急券1900)
 宿泊費 8300
 飲食費 2700??
 その他  500
合計  /35480
旅館「いずみ荘」(栗駒駅前)02284-5-1138
栗駒タクシー02284-5-2231