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笹ヶ峰テント・火打山8時間の大ツアー
日時:1983(昭和58)年4月29日(金)〜5月1日(日)
参加者:NABE・Y本・M留・N村・K合
コース:上野→妙高高原→笹ヶ峰→テント(泊)/→火打山往復→テント(泊)/→妙高高原→上野BR>

1983.4.29(曇→雨
 妙高山の奥、火打山・焼山あたりは、一度行ってみたいと思っていた。焼山は噴火で死者が出たことがあるが、山頂から北へ笹倉温泉への長い長い下りが魅力、しかし5月連休では下の方は雪が無さそう。今回は笹ヶ峰にテントを張って、火打山を往復する計画。連休後半は飛び石で、小生もY本先生も都合が付かないから、前半に出かける。
 メンバーはいつものY本先生、小生の研究室に助手として着任したばかりのN村君(以後、すっと山スキー仲間)、U研究室後輩のM留君とその連れのK合君(後に助手でR大に来るとは予想せず)。テントはM留君の小型ダンロップと、小生のが顧問をやっているR大YH同好会OB・W君に(1979の飯豊でも)借りた6角ドームの2張り。詰めれば大きい方で5人寝られるが、悠々と行こう。荷物が重いが、あまり歩かない場所にテントを張れば良い。
 08:30の「あさま5号」で妙高高原(もとの駅名は「田口」だっけ?、駅名変更反〜対!、因みに「白馬」の旧駅名は「信濃四谷」)へ向かう。8時前に行くが、若い者が既に並んでいてくれた。入線時には80%程度の込み具合。ずっと眠って、12:25妙高高原着。中庭が一段高い駅前の食堂で、ラーメン+カツ丼1/2を食べる。
 酒など買った後、タクシー2台に分乗して、笹ヶ峰へ。30分走って、牧場を過ぎ、笹ヶ峰駐車場の手前、火打山の登山口あたりで車を降りる。途中ずっと雪が無いのが心配。5分歩いたら雪があって安心。10分ほど歩いて、ちょっとしたダムでせき止めた池のほとりにテントを設営する。床が少々斜めだったが、許容範囲。当時の地図にコース記入が無いが、推定標高1360mぐらいか。ここは夏道登山道そのものだった。
 夕方、ちょっと登ってみる。林道のへんを登り、カール状の壁が見えるあたりまで行ったが、雨だから引き返す。明日はあの壁を登らなければならない。夜も雨が時折降っていたが、前線は通過したようだ。農協ごはんと、味噌味豚肉野菜ごった汁。テントの夜は早い。

1983.4.30(土)曇→何と晴
 雨を覚悟で4時起床、しかし降っていない。曇でやや寒い。餅(葱・ハムも)入りラーメンの朝食で、レモンティーをたっぷり水筒に詰めて、06:20テント出発。スキーは多分担いでいただろう。紐で引いて登るのを覚えたのはもっと後。
 3人連れパーティーを追い越し、橋を渡ってから夏道どおりに登る。07:35夏道の尾根の上、08:22平坦な尾根(富士見平?)、08:55〜09:20黒沢岳の肩と、まあまあ順調に登高する。スキーを履いて水平歩行〜斜滑降で高谷池ヒュッテの下へ。緩いアップダウンで10:08天狗の庭、夏に来れば風光明媚な所だろう。右へ折れて崚線へ出る。もうあとひと登りだが、腹が減って堪らない。風が強く、寒く、雪はこちこちにクラストしている。10:44〜11:20、尾根の草付きで昼食。
 元気を取り戻して、出発。尾根の夏道からは日本海が見える。最後にべったり白い斜面を登って、12:20火打山の頂上(2462m)へ。しばし写真撮影などして景色を楽しむ。
 12:40下山開始。最初はクラストしていたが、まずまず快調な滑降だった。あっと言う間に天狗の庭(≒2115m)まで下る。N村君のスキーを初めて見るが、蔵王仕込みでフォームがきれいである。黒沢岳(2212m)には登らず右から巻くように滑った後、少し直登で登り返すが、M留君は完全にバテている。だいぶ暑くなってきたが、彼ったら羽毛ベストなど着て大汗をかいている。脱げば良いのに〜。
 富士見平からちょと下りすぎになりかけたが、14:20ごろ、例の30゜ぐらいの大斜面に突っ込む。この大スロープは腐れ雪がなかなか快適で、疲れを忘れる。今朝会った3人組がこのあたりの林間でスキーで遊んでいた。黒沢の橋へはちょっと登り返すが、今日のコース取りはベストに近かった。14:30、橋を渡ったら、40後半+高校生ぐらいの親子連れが登ってきた。良い感じである。林間を適当に滑ったら、14:44テントの前に出た。8時間24分、標高差1100mの行程であった。大満足。
 気付いたらいつのまにか、薄雲はあるものの快晴に近い天気。明日はもう登らないことにして、パンを食べ、のんびり昼寝していたら、寒くなった。
 夕食は鰺の開きで、小枝と針金で魚焼き網を作って焼いた。農協の赤飯、野菜サラダ、インスタント味噌汁、オイキムチ。おつまみも味醂干し、柿の種などだが、ビールは昨夜飲んでしまった(N村君は相当飲む)。ワインとウィスキーを飲む。20時過ぎに寝た。トイレに出た際、まだ月は出ないが「星明かり」で充分見えるという体験をした。深夜3時に寒くて目覚めた。Y本先生がおしっこに出たら、月が煌煌と明るかった。

1983.5.1(
 今朝は寒かった。04:50起床。テントの中で朝食。撤収は割合手際よく、07:20にはテント場を出た。すぐ道路へ出た。連休は今日からが本番で、たくさんのパーティーが入山してくる。だから帰りのタクシーには困らないだろう。
 車道を少し歩いたら、タクシーが登ってきた。無線で呼んで下さいというと、帰りに拾ってくれれば良いという。やがて入山客を降ろして帰って来た車に、荷物を何とか詰め込んだら、5人乗れてしまった。往きは2台必要と思い込んでいて、ちょっと損した気分。朝の8時前には妙高高原駅に着いてしまった。おばさんが掃除している喫茶店を開けてもらい、コーヒー、新聞、漫画、TV、日記整理などして時間を潰す。
 M留君は彼女の実家・氷見へ向かう。残り4人で「白山」、長野で纏まって座れたから、まないたから何から出して、盛大に食事してから、ぐっすり眠った。実に満足感のある山スキーであった。

●メモ 交通費≒\12600(妙高高原→都区内\3300、自由席特急券300q迄\1800)
    泊:\0  食糧≒\4000  他\2100