野沢温泉スキー場から毛無山までちょっと
日時:1983(昭和58)年12月21日(水)
参加者:NABE・(ほかにM研生等22名ぐらい)
コース:上野→長野→戸狩→野沢温泉スキー場→毛無山往復→野沢温泉(泊)/以下略
1983.12.21(水)快晴
研究室のスキー合宿も当時はさかんで、スキー人口が減って研究室のスキー合宿など成立しなくなって久しい今からは想像できない。毎シーズン、冬と春に研究室でスキーに出かけていた。1年生に可愛い女子が入ると積極的に誘ったり、卒研生のカノジョやその友人なども連れて、賑やかに行ったものである。
今年の冬は野沢温泉である。宿は以前泊った「ごんにむ」の筋向かいの「京平」(026985-2730)。参加者は、研究室メンバー11名(全部男)と、下級生の女子8名・男子3名。学生諸君は前夜の夜行バスで先に行っている。
前日まで吹雪だったが、今日は移動性高気圧の真っ只中で、「ど」が付くほどの快晴(こういうのを「どピーカン」と言う)。今日は新雪がたくさんあるので、一番奥のリフトで新雪ばかり滑っていた。野沢のスキー場は、行く度にリフトが変わっているが、毛無山の山頂のちょっと手前までリフトが架かっているから、ここまで来たついでに山頂まで行ってみよう。しかし新雪が深く、ほんのちょっとの距離に20分ものラッセルを強いられた。毛無山「初登頂」と日記にあるが、この山には昭和49(1974)年3月に隣の研究室のスキー合宿で来た時に登っている。下りも新雪が深く斜度が無いから滑らず、結局ぜんぶ歩いた。
あとはゲレンデスキーだが、新雪ばかり一人で滑っていたように記憶する。M田君に新雪スキーを教えたら、まさに「ハマって」しまい、自ら「新雪の鬼」と称して、毛無山リフトの間の林間で只管新雪とたわむれていた。
この合宿では、野沢の温泉(いずれも公共浴場)13箇所の内、8箇所を制覇した。
1983.12.22(木)曇
強風でゴンドラが止まっていた。
1983.12.23(金)晴→吹雪
相当深い気圧の谷が通過し、しばし疑似晴天だったが、みる間に雪雲がやってきて、午後からは冬型になった。学生は24日までいたが、小生は23日に帰った。この頃は日記を書いていなかったから、詳細は不明。暮れに息子が入院した。
●メモ 交通費:\19260(自由席特急券300qまで\1800、リフト一日券\2800)
泊:\10000弱、飲食:\13210強、他:\1610
総計:\44080